クマ研日記 2004年6月
6月19日(土) 参加者:S濱、N村、T田、N森、Y川
今日は、養蜂場のワナに捕まったクマを学習放獣する日。
一昨日仕掛けたばかりのスピード捕獲だったのでなかなかびっくり。
七時に救護センター集合。時間通り行ってみたら、そこにいたクマ研メンバーはS濱さん(クマ研のチーフ)と、T田くんと、N森くんだけ。
ちょっと遅れてY川さんが参加してくれたが…少ない。
野生のクマを見ることができる機会はそう多くないのにこの人の集まりのわるさは…ど〜ゆうこっちゃい!クマ研でしょ!
あと、クマ研顧問の先生(全体のチーフ)とK野さんがきてくれた。
合計7人。この人数で大丈夫なのか?? だがやるしかない!
センター内でちょっと話してから準備の残りを済まして出発。ここから準備組と軽トラ借りる組の、2つの班に分かれた。
ぼくは軽トラ借りる組。
K原先輩から軽トラを貸してもらえるので、K原先輩の実家までホロジムニで行って、軽トラに乗ってN尾の役所まで行った。
役所で待ち合わせして、クマが捕まった養蜂場に行った。
今年お初のツキノワグマ。えらく静かなヤツだ。
まずはハンドリング。先生が麻酔で眠らせて、ワナから出していろいろする。
ワナのふたを開けるとき、S濱さんが電気柵の餌食に。
この養蜂場はなぜかワナの蓋の開けたときの高さの位置に電気線がフィットしている。
しかもこの個体は麻酔が効きにくかったので何度も蓋を開ける必要があり、そのたびにS濱さんと僕はビクビクしていた。
クマをワナから出したのは、麻酔初弾から一時間後のこと。
それまで写真を撮ったり、後輩に電気柵のさわり方を教えるつもりで感電したりした。
そしてなぜか、教えられるほうのY川さんは感電する気配が無かった。
クマをワナから出すことになり、すぐそこのちょっと広いところまで運んだのだが…重い。そして、でかい。
しかし先生は軽々持ち上げていた。ヒグマ経験者は何かがちがう。
調査地のクマは比較的小型なので、これほどでかいのは珍しかった。
ハンドリングは順調に(!?)進み、T田くんは来れなかったS東くんのために写真を撮りまくり、Y川さん記録係をやってくれた。
N森くんは…とても、『みのっち』らしい素振りだった。
ハンドリングが終わり、クマを学習放獣用のワナに入れて軽トラに乗せる。
軽トラの後ろに監視役のT田くん、N森くん、Y川さんを乗せて、いざ放獣地点へ。
放獣地点で、車の位置やワナの位置、一年生の役割などを決めて、5分後に放獣!!
…だったのだが、スプレーで条件付けをするジムニのメンバーが少ないと思い、T田くんを招集。助手席に配置。
開始を5分遅らせることになったが、これが正解だった。
心をときめかせながら、蓋をするすると開ける…クマがゆっくりと鼻っ面をだす。ついで、ゆっくりだが、前足、前肩まで出てきた。
そのとき目が合った。
「今だ!」と思い、スプレー噴射。見事に命中。万が一、襲われたらいやなのでジムニの扉を閉めると、まずいことになった。
クマがワナの中に引っ込んだのだ。僕の想像では、勢いよく外に出て行くだろう、と…
しかし、引っ込んだ。悪いことに、ワナの中で暴れた勢いでワナの蓋が閉まった。
僕はジムニーの後ろの荷台から作業した。荷台のドアは一度閉めたら内側から開けることができない。
ドアが開かないとクマをワナから出すことができない!
焦った。「T田くん!開けて!」と言って、荷台のドアを外から開けてもらい、T田くんが車に乗ったのを見計らってワナを開ける。
するとクマが勢い良く出てきて、僕を一瞥して一目散に川を挟んだ対岸の山に消えていった。
クマの顔はスプレーのせいで赤みを帯びていた。
軽トラ後ろからも、ロケット花火や爆竹で条件付けをすることになっていたが、
クマが死角に逃げ込んだため、わかりにくそうだった。とりあえず、声をはりあげていた。
…こんな感じで学習放獣は終わった。
この先テレメでこいつを追いかけることになる。名前は『まゆげ』。命名者はT田くん。
もう養蜂場には近づくなよ…まゆげ。(変な名前だ)
今回はクマに学習をさせるのに、僕も勉強になることが多かった。
いや、もうどっきどきだクマ。